なぜ外国語を学ぶのか。
テストの点数のため?キャリアのため?かっこつけたいから?
それもあるかもしれない。でも、たぶんそれだけじゃない。
日本語を話している時の「自分」と、英語を話そうとしている時の「自分」は、 微妙に別人になる。言葉が変わると、思考回路が変わる。 いつもの口癖、いつもの言い回し、いつもの反応パターン。 それが一時的に使えなくなる。
エゴにとっては、もどかしい。恥ずかしい。言葉が出てこない自分が情けない。
でも本当は、その「言葉が出てこない瞬間」こそが価値なんじゃないか。
日本語という檻から、一瞬だけ出られる。 自分というアイデンティティから、少しだけ自由になれる。
それが気持ちいい。
従来の英語学習は、誰かが作った例文を覚える。
「This is a pen.」「I went to the supermarket yesterday.」
悪くはない。でも、それはあなたの言葉じゃない。 あなたの人生とは関係のない、誰かの人生の断片。
だから覚えにくいし、とっさに出てこない。
本当に言いたいことを英語で言おうとする時、 脳が日本語から英語に翻訳しようとして、そこでリソースを使い果たす。 結果、どもる。固まる。恥ずかしくなる。
まず1時間、日本語で話す。Google Meetで。
あなたの話。
生い立ち。家族のこと。仕事のこと。最近ハマってること。 子供の頃の思い出。失敗した話。成功した話。好きな食べ物。嫌いなタイプ。 昨日あった面白いこと。来週の予定。人生で一番嬉しかったこと。
なんでもいい。とにかく話す。
それを文字に起こす。AIを使う。
それを英語にする。AIを使う。 ただし、不自然な直訳じゃなく、あなたの話し方のニュアンスを残した英語にする。
それを覚える。
自分が言ったことだから、覚えやすい。 感情が乗ってるから、記憶に残る。
次の週、同じ話を英語でやる。 詰まったところは補助する。新しい言い回しを教える。 また話す。繰り返す。
自分のことを英語で話せる。
それだけ。
TOEICの点数は上がらないかもしれない。 ビジネス英語はできないかもしれない。 映画を字幕なしで見れるようにはならないかもしれない。
でも、自分の人生を、自分の言葉で、英語で語れる。
その感覚は、わくわくする。
ない。
英語がペラペラになっても、別に意味はない。 ディズニーランドに行くのに「意味」がないのと同じ。
「で、何が残った?成長した?」って聞かれても困る。
体験そのものが価値。それで終わり。
成長とか、スキルアップとか、キャリアとか、 そういうエゴの声はいったん横に置いておく。
純粋に、自分じゃない自分になる瞬間を楽しむ。
自分のストーリーを英語で語れるようになる。 それは「英語のアイデンティティ」を獲得することじゃないか?
日本語の檻から出て、英語の檻に入るだけじゃないか?
確かにそうかもしれない。
でも、檻が2つあれば、その「間」が見えるようになる。 どちらの言語でも表現できない瞬間がある。 言葉が追いつかない沈黙がある。
その沈黙こそが、実は一番自由に近い場所かもしれない。
1回 5,000円くらい(1時間)
高いか安いかは知らない。相場を調べてない。
生活できればいいので、それで十分。
興味があれば連絡ください。