序章:すべてはタイルから始まった
その男は、かつてタイル職人だった。
冷たくて、硬くて、光沢のあるタイルを貼り続ける日々。「床は冷たいものだ」と信じて疑わなかった。
当時の彼にとって、美しい床とは「光沢」だった。ピカピカに磨かれた大理石調タイル。お客様が「わぁ、高級感ありますね」と言うたびに、彼は胸を張った。
しかし、ある冬の朝、すべてが変わる。
第一章:冷たい床との決別
12月の早朝、現場に向かう前に自宅で裸足になった。
「冷たい...!」
タイルの床が、足裏から体温を奪っていく。震えながらスリッパを探すその瞬間、男は悟った。
「私は毎日、人様の家に『冷たい地獄』を作っているのではないか?」
その夜、彼は眠れなかった。
ベッドに入っても、足裏の記憶が消えない。あの冷たさ。あの容赦なさ。25年間、自分が貼り続けてきたタイルが、突然、悪夢のように見えた。
「光沢があっても、足裏が泣いていたら意味がない...」
その日から、男はタイルを貼る手が止まった。
第二章:放浪の日々
仕事を休んだ男は、答えを求めて旅に出た。
木のフローリングを見た。「温かい。だが傷がつきやすい。」 畳を見た。「日本の心だ。だが掃除が難しい。」 カーペットを見た。「ふかふかだ。だがダニが心配だ。」
どれも完璧ではなかった。
男は絶望した。
「この世に、温かくて、丈夫で、清潔な床材は存在しないのか?」
第三章:ワインとの運命的出会い
放浪の果て、男はふらりとバーに入った。
人生で三度目のワイン。普段は日本酒派だった。
ソムリエがボトルを開ける。「ポンッ」と軽い音がして、コルクの栓が抜けた。
その瞬間——
男の目がコルクに釘付けになった。
「すみません、その...栓、触っていいですか?」
ソムリエは不思議そうな顔をしたが、コルクを渡してくれた。
男は手のひらでコルクを握りしめた。
「温かい...」
軽くて、温かくて、なぜか懐かしい感触。弾力があるのに、硬すぎない。
「これを...床に敷けないだろうか?」
ソムリエは笑った。「お客様、それはワインの栓ですよ。」
しかし男は本気だった。
第四章:コルクという奇跡
男は狂ったようにコルクを調べ始めた。
コルクガシという木の樹皮であること。 ポルトガルが主な産地であること。 実際に床材として使われていること。
床材として使われている。
床材として。
男は叫んだ。
「あるじゃないか!!!」
コルクの熱伝導率はタイルの30分の1。つまり、30倍温かい。
衝撃吸収率は40%以上。転んでも痛くない。
吸音性能はNRC 0.7。足音が消える。
完璧だった。
男は翌日から、コルク専門の内装職人になった。
第五章:タイルおじさんとの因縁
コルクの床を広め始めた男の前に、宿敵が現れた。
タイルおじさん。
かつての師匠であり、タイル業界の重鎮。
「おい、お前、なにをやっている。コルク?ふん、掃除しにくいだろう。見た目も地味だ。タイルこそ至高!お前は何も分かっていない!」
タイルおじさんは冷たい床の信者だった。
二人は現場で何度もぶつかった。
ある日、同じ現場に鉢合わせた。
タイルおじさん:「この部屋はタイルで仕上げる。」 コルクじじい:「いいえ、コルクです。」 タイルおじさん:「タイルだ!」 コルクじじい:「コルクです。」
施主は困惑した。
最終的に、施主が決断を下した。
「...子供部屋だし、コルクでお願いします。」
タイルおじさんは悔しそうに去っていった。
しかし、コルクじじいは追い打ちをかけなかった。
「冷たい床は、心も冷やす。あなたの足裏も、いつか目覚める日が来る。」
それだけ言って、次の現場へ向かった。
第六章:弟子との対話
年を重ねるごとに、コルクじじいの技は磨かれていった。
幼稚園、老人ホーム、そして自宅。彼が手掛けた床はすべてコルクになった。
ある日、若い弟子が聞いた。
弟子:「師匠、なぜそこまでコルクにこだわるのですか?」
コルクじじいは窓の外を見た。しばらく黙っていた。
そして、静かに語り始めた。
「わしがタイルを貼っていた頃、毎日が虚しかった。」
「お客様は『高級感がある』と喜んでくれた。だが、わしの心は冷たかった。あの床のように。」
「コルクを貼るようになって、初めて分かった。」
「わしは床を貼っているのではない。足裏に幸せを届けているのだ。」
弟子は黙って聞いていた。
コルクじじいは続けた。
「冬の朝、子供が裸足で走り回る。転んでも痛くない。足裏が冷たくない。」
「それを見たとき、初めて『仕事をしている』と感じた。」
コルクじじい語録
「冷たい床は、心も冷やす。」
「足裏が喜べば、脳も喜ぶ。」
「ワインの栓を開けるとき、足元を見よ。同じ素材だ。」
「コルクを知らぬ者は、床を知らぬ。」
「タイルおじさんには負けん。」
「光沢より、温もり。」
「床は見るものではない。触れるものだ。」
エピローグ:今日もどこかで
コルクじじいは、今日もどこかの現場でコルクを貼っている。
ワインを嗜みながら、足元のコルクを愛でながら、静かに微笑んでいる。
もしあなたの家の床が冷たいなら、それはコルクじじいに出会っていないだけだ。
そして、もしどこかの現場で、コルクを愛おしそうに貼っている老人を見かけたら——
それが、コルクじじいだ。
そして、誰かが「なぜそんなにコルクにこだわるのですか?」と聞いたとき——
コルクじじいはニヤリと笑い、こう言うだろう。
🔥 決め台詞 🔥
「だって俺の床、コルクなんだもん!」