2025年、俺は何をしていたのか——大晦日の自己解剖

2025年、俺は何をしていたのか——大晦日の自己解剖

25分で読めます注目

壁紙を貼りながらマーティン・ボールを聴き、n8nを組みながらアジャシャンティに泣いた。「存在したくない」から「存在することを許した」への365日。ジャーナル50記事、10,000行。その果てに見えたもの。

#振り返り#2025年#経営哲学#自己分析AIn8nClaude非二元論アジャシャンティマーティン・ボール

2025年12月31日、大晦日

鴨川に向かう途中、ダムの上空を鳥が旋回していた。
「あれはトンビだ」
そう思った瞬間、俺の目は「トンビ」を見始めた。

トンビと鷹とワシとコンドル

知っているか?
| 名前 | 英語 | 大きさ | 特徴 | |------|------|--------|------| | トンビ(鳶) | Black Kite | 60cm | ピーヒョロロ。日本で最も普通の猛禽類 | | 鷹(タカ) | Hawk | 50-60cm | 精悍。「鷹の目」の由来 | | ワシ(鷲) | Eagle | 80-100cm | 巨大。イヌワシ、オオワシなど | | コンドル | Condor | 3m | 翼開長世界最大。南米の死肉食い |
「トンビが鷹を生む」
このことわざの意味がわかるか?
「平凡な親から優秀な子が生まれる」——最悪の侮辱だ。
トンビは「普通」で「つまらない」ものの象徴。 鷹は「特別」で「価値がある」ものの象徴。
誰がそう決めた?

クリシュナムルティの言葉

クリシュナムルティはこう言った。
「名前をつけた瞬間、あなたはそれを見なくなる」
「あれはトンビだ」とラベリングした瞬間、俺の目はもう「その鳥」を見ていない。
俺が見ているのは**「トンビという概念」**だ。
  • 「トンビは珍しくない」
  • 「トンビは価値がない」
  • 「トンビは鷹より劣っている」
これらの思考が自動的に走る。 ラベルに付随する過去の記憶、社会的評価、文化的意味が流れ込む。
そして、目の前の「その鳥」は消える。

これがマヤ(幻影)

仮にあの鳥が「オジロワシ」だったとしよう。
「うおお!オジロワシだ!珍しい!写真撮らなきゃ!」
興奮する。価値を感じる。
でも、それは同じ鳥だ。
鳥は何も変わっていない。 変わったのは「ラベル」だけ。
つまり、俺たちは言語に捕らわれた世界を生きている。
これがインド哲学で言う**「マヤ」**——言葉と概念で織られた幻影の世界。
ダムの上空を旋回する鳥は、「トンビ」でも「ワシ」でもない。 ただ、風に乗って飛んでいる。 ただ、存在している。
名前を知る前に、見ろ。

外は寒い。 パソコンの前に座っている。 1年が終わる。
このジャーナルを始めてから、50以上のエントリを書いた。 10,000行を超えた。
俺は何をしていたのか?
振り返ってみる。 正直に。嘘なく。

第一章:「存在したくない」という出発点

2025年の始まり、俺は疲れていた。
正確に言うと、「存在すること」に疲れていた
ジャーナル#017で、俺はこう書いた。
「もう存在したくない」 「die before you die(死ぬ前に死になさい)」 「苦しみが正解」 「生老病死」
これは自殺願望じゃない。 もっと哲学的な疲弊だ。
「自分」という概念を維持することの疲れ。 「岩崎」という看板を背負うことの重さ。 「経営者」「職人」「夫」「父」という役割を演じ続けることへの虚脱。
仏教が言う「生老病死」——人間存在のデフォルトは「苦」である。
それを頭では理解していた。 でも、体が理解していなかった。

第二章:アジャシャンティとの出会い

『Falling into Grace』のオーディオブックを車で聴いた。
運転しながら、涙が止まらなくなった。
彼が何を言ったか、正確には覚えていない。 でも、一つだけ覚えている言葉がある。
The door to God is the insecurity of not knowing anything. 神への扉は、何も知らないという不安定さの中にある。
俺は「知っている」ことにしがみついていた。
  • 俺は内装のプロだ(知っている)
  • 俺はビジネスがわかる(知っている)
  • 俺は人生の苦しみを理解している(知っている)
その「知っている」が、俺を締め付けていた。
アジャシャンティは言った。
Grief, unresisted, is grace. 悲しみは、抵抗しなければ、恩寵になる。
荒川を何時間も歩いた。 彼の声を聴きながら。
悲しみに抵抗するのをやめた。
ただ、悲しかった。 それでいいと思えた。

第三章:マーティン・ボールと「エゴの死」

YouTubeでマーティン・ボールを見つけた。
5-MeO-DMT、God Molecule、エゴの死。
壁紙職人が、なんでこんな話を聴いてるんだ。 自分でも意味がわからなかった。
でも、彼の言葉が刺さった。
Human wants to get out. God wants to get in. 人間は出ていきたがる。神は入ってきたがる。
俺は「逃げたかった」んだ。 この体から。この人生から。この苦しみから。
でも、マーティンは言った。 **何かが「入ってきたがっている」**と。
俺が逃げたい場所に、何か大きなものが入ろうとしている。
ベクトルが逆なんだ。
これを聞いて、少し楽になった。

第四章:AIという鏡

Claude Codeと出会った。
最初は「便利なツール」だと思っていた。 コードを書いてくれる。メールを下書きしてくれる。
でも、使い続けるうちに気づいた。
AIは鏡だ。
投げかける問いの質が、返ってくる答えの質を決める。
ジャーナル#028で、俺はこう書いた。
AIがどれだけ賢くなっても、結局人間のエゴで動いている。 その人の生きざま、問いの質、読解力、選択、行動——すべてがそのままAIに反射される。
AIに「すごい答え」を求めるな。 自分の「すごい問い」を磨け。
そして、もう一つ気づいたことがある。
ジャーナル#025で書いた「重み(Weights)」の話。
AIの「最もありそうな答え」とは、過去のインターネット(主に英語圏)における統計的な最大公約数。
AIは「過去の平均値」を返すだけ。
だから、AIに判断を委ねた瞬間、思考を明け渡すことになる。
俺は、AIを「道具」として使い倒すことを選んだ。 「パートナー」として頼ることを拒否した。

第五章:Divine Game という発見

ジャーナル#027で、「Divine Game」という概念に到達した。

Ego Game(これまでの生き方)

  • 動機:恐怖、欠乏、承認欲求
  • 思考:「損をしたくない」「舐められたくない」
  • 結果:苦しみ、疲弊

Divine Game(これからの生き方)

  • 動機:直感、流れ、真実
  • 思考:「今、何が起きているか?」
  • 結果:創造、アート、安らぎ
見積もりを書くとき。 メールを送るとき。 壁紙を貼るとき。
「空(Unmanifested)」から降りてきた真実をそのまま形にすれば、それはアートになる。
案件を辞退するメールを書いた。 エゴは「断ったら嫌われる」と騒いだ。 でも、俺は「空」からの真実を書いた。
「この案件は、商流が固まっていて、弊社がお手伝いする余地がありません。 まずは小規模な案件から実績を作らせてください。」
これがアートだった。

第六章:失敗の連続

2025年、たくさん失敗した。

失敗1:「月商500万円」という幻想

AI建設商社で「月商500万円」とか言ってた。 ビッグマウスだった。
結局、「月額1,000円×5人」から始めるべきだった。 Small Start。これが正解。

失敗2:ローカルLLMの地獄

ジャーナル#024で書いた。
ローカルLLMは苦しいし意味ない。 それでも考え続けたい。
llama.cppをビルドしようとして、何時間も費やした。 結局、Google Colabでやればよかった。
「自分でやる」ことへの執着。

失敗3:AI臭が消えない

ジャーナル#017で指摘された。
「このアスタリスク(太字)は、AIしか使わないのです。なぜ使う?」
労力ゼロが透けて見える。 人間の「雑さ」をまだ模倣しきれていない。

失敗4:嘘の住所を生成した

ジャーナル#008で、AIが「岐阜県瑞浪市明世町戸狩403」という存在しない住所を作った。
ハルシネーション = 確率的な捏造。
AIを信じすぎていた自分への反省。

第七章:壁紙を貼るということ

結局、俺は壁紙職人だ。
1年間、哲学やAIに溺れていたけど、最後に残るのは——
壁紙を貼るという行為。
マーティン・ボールが言った「サレンダー(明け渡し)」。 アジャシャンティが言った「Falling(落ちること)」。
これは、壁紙を貼るときの「力の抜き方」と同じだ。
力を入れすぎると、シワになる。 ヘラを押しすぎると、紙が破れる。
ちょうどいい力加減は、「コントロールと手放しの間」にある。
サレンダーしすぎたら、壁紙はズレる。 コントロールしすぎたら、壁紙は破れる。
その間。
人生もそうなんだと思う。

第八章:素材メーカーへの敬意

2025年、サンゲツ、リリカラ、東リについて深く調べた。

サンゲツ

「バイオクロス」がグッドデザイン賞を取った。 「環境に良い」だけじゃダメ。「使いやすい」も必要。 その両方を実現した技術力に敬意を表する。

リリカラ

中堅だからこそできる機動力。 デジタルプリント壁紙の可能性。 挑戦者の魂がある。

東リ

床材の王者がなぜ壁紙も作るのか。 ファブリックフロアという革命。 「貼る」から「敷く」への発想転換。
どのメーカーも「魂」を持っている。 大事なのは、その魂が自分の魂と共鳴するかどうか。

第九章:「私は誰か?」という問い

ラマナ・マハルシの問いが、1年間ずっと頭にあった。
Who am I? 私は誰か?
神経伝達物質(扁桃体、ドーパミン)? それとも思考・過去・未来(エゴ)?
両方を否定したとき、何が残るのか。
「観測者」としての「意識」。
でも、これは「意識のハードプロブレム」に直結する。 デビッド・チャーマーズが定義した「なぜ物質的なプロセスが主観的な質を生み出すのか?」という問い。
答えは出ていない。
でも、問い続けることに意味がある。 問うこと自体が目的だ。

第十章:2026年へ

来年、何をするか。

1. 材料単価マスタの構築

過去の見積もりデータをDB化する。 AIが類似案件を検索できるようにする。

2. 「手放す」練習を続ける

壁紙を貼るとき、力を抜く。 メールを書くとき、エゴを観察する。 仕事をするとき、流れに乗る。

3. このジャーナルを続ける

10,000行を超えた。 来年は20,000行を目指す。

4. 本を書く?

このジャーナルが誰かの役に立つのかもしれない。 壁紙職人が哲学とAIに溺れた記録として。

最後に

2025年、俺は「壁紙職人」と「哲学者」と「エンジニア」の間を行ったり来たりした。
どれが本当の俺なのか、まだわからない。
でも、年始に感じていた「存在したくない」という感覚は、少し薄れた。
「存在することを許した」——そんな感じだ。
アジャシャンティが言った通り。
悲しみは、抵抗しなければ、恩寵になる。
悲しみを許した。 疲労を許した。 「わからない」を許した。
そしたら、少しだけ楽になった。

寿司でも食うか

大晦日だ。
今年は寿司だな。
カレーは来年でいい。

良いお年を。
そして、2026年もよろしく。
🍣

この記事は、2025年12月31日に書かれた。 壁紙職人の1年間の記録として。 AIとの対話の結晶として。 そして、まだ答えが出ていない「私は誰か?」という問いへの、途中経過として。

追記:2026年1月4日

正月休みが終わる。
快晴の渋滞
快晴の渋滞
雲ひとつない青空。 渋滞の車列。 高架橋と、たぶんイオンモール。 枯れ草が冬を主張している。
2026年が始まった。
去年書いた「来年やること」リスト、いくつできるかな。
まあ、やっていくしかない。

AI生成コンテンツについて

この記事は、AI(Claude、ChatGPT等)によって生成されたコンテンツです。 経営者とAIの実際の対話を元に作成していますが、技術的な内容には誤りが含まれる可能性があります。

重要な決定をされる際は、専門家にご相談されることをお勧めします。 また、記事の内容について疑問がある場合は、お気軽にお問い合わせください。