#哲学#エゴ#言語学#臨界期#アイデンティティHenschGABAsynaptic pruningvalproateAdyashantiGospel of John
語彙の記事を3本書いた
今日、noteの記事を3本書いた。語彙シリーズ。
1本目。英語ネイティブの語彙が2万語って嘘だった話。数え方のトリックで2万にも4万にもなる。
2本目。5万語知ってても喋れない理由。組み合わせが25億通りあって、正解はその一部。ネイティブの発話の6割は既製品。
3本目。aとtheが一生わからない話。語感という越えられない壁。
全部データを掘って、研究者の名前を調べて、数字を並べた。
楽しかった。
なぜ臨界期があるのか
3本目の記事で臨界期に触れた。Johnson & Newportの年齢データ。17歳以降はネイティブレベルに到達しない。
でも書きながら思った。なぜ臨界期があるんだろう。
調べた。
答えは3ステップだった。
ステップ1: 窓が開く
脳の抑制性ニューロンが成熟すると、臨界期が始まる。
Takao Hensch。ハーバード。この人がマウスで証明した。脳の中のブレーキ役が育つと、学習の窓が開く。
窓は勝手に開くんじゃない。脳が準備完了のサインを出す。
赤ちゃんの脳は全言語対応。日本人の赤ちゃんもLとRを聞き分けてる。世界中のどの言語にも対応できる状態。
ステップ2: 使わない配線が消える
窓が開いてる間に、環境に合わせて回路が選別される。
日本語環境ではLとRの区別が出てこない。使わない。使わない配線は撤去される。
10ヶ月。
日本人の赤ちゃんがLとRを聞き分けられなくなるのは、生後10ヶ月。
残った配線が母語の回路。消えた配線が聞こえなくなった音。
ステップ3: 固まる
最後のステップ。回路の周りにネットみたいなものが巻きつく。物理的に固定される。
コンクリートが固まるのと同じ。
神経の伝達速度は上がる。処理は速くなる。でも、もう配線を変えられない。
高速道路が完成すると、もう道を変えられない。
LとRが聞こえなくなったのは、日本語が上手くなった証拠。脳が日本語に最適化するために、不要な回路を捨てた。
臨界期は罰じゃない。最適化。
窓は他にもある
調べたら、脳のあちこちに臨界期があった。
視覚。生後3〜8ヶ月。片目を塞ぐとその目の視力は一生回復しない。
鳥の歌。孵化後2〜3ヶ月。この間に聞いた歌しか覚えられない。
絶対音感。6〜7歳まで。音楽訓練がこの前に始まらないと獲得できない。
愛着形成。生後〜2歳。安定した養育者との結合。ここで失敗すると対人関係に長期的な影響。
全部同じ構造。窓が開いて、経験が回路を選んで、窓が閉まる。
てんかんの薬で窓が開いた
2013年の実験。
てんかんの治療薬を大人に投与した。この薬は遺伝子の発現に関わるブレーキを外す効果がある。
結果。大人が絶対音感を学習できた。
脳は "もう学べない" んじゃなくて、学ぶモードのスイッチをオフにしてるだけだった。薬でスイッチを入れ直したら、窓がもう一度開いた。
臨界期は壁じゃない。鍵のかかったドア。
鍵は存在する。ただし副作用がある薬なので、気軽に使える鍵じゃない。
全部エゴのプロジェクト
ここまで調べて、ここまで書いて。
ふと気づいた。
語彙のトリック。組み合わせ爆発。語感の壁。臨界期の生物学。脳の3ステップ。てんかんの薬。
全部エゴのプロジェクトだった。
俺は何をやってるのか。
英語を喋りたいんじゃない。英語について分析したいんだ。喋る練習をする代わりに、喋れない理由を構造分析してる。
語彙が足りないから喋れない? 調べよう。組み合わせがわからないから喋れない? 研究しよう。語感がないから喋れない? 臨界期の論文を読もう。
喋れない理由を分析する作業に、喋る時間を全部使ってる。
昨日書いた。八村塁はdumbassを聞き間違えてニコニコ走って戻ってきた。分析しなかった。ジャーナルも書かなかった。3年で100%になった。
俺は今日、語彙の数え方について3000字書いた。組み合わせ爆発について4000字書いた。語感の壁について4500字書いた。
八村は3年で英語が喋れるようになった。俺は3本の記事が書けるようになった。
意味を求め続けるのはつらい
意味を求め続けるのはつらい。
なぜ喋れないのか。なぜ臨界期があるのか。なぜ脳は窓を閉めるのか。なぜ語感は身につかないのか。
全部、"なぜ" を追いかけてる。
追いかけた先に答えがある。答えがあると気持ちいい。気持ちいいからまた追いかける。
エゴの給水所。走り続けるための水。
でも水を飲んでるだけで、どこにも着かない。マラソンで給水所を回り続けてるだけ。ゴールに向かって走ってない。
意味がないのはもっとつらい
じゃあ意味を探すのをやめるか。
やめたらどうなるか。
昨日書いた。意味製造機が故障した話。何も感じない。でも手が動いてる。それでいい。
......それでいい、と書いた。書いたけど。
意味がないのはもっとつらい。
語彙の記事を書いてるとき、楽しかった。Brysbaertの42,000 lemmaを見つけたとき、快感があった。Zipfの法則がカバー率と繋がったとき、脳が喜んだ。
あの快感がないまま生きるのは、正直つらい。
分析する。構造を見つける。数字が繋がる。快感。また分析する。
これがエゴの燃料だとわかっていても、止められない。
脳とエゴの対称構造
今日気づいたこと。
脳は窓を閉める。効率のために。全部の可能性を残してたら処理が追いつかないから。LとRを捨てて日本語を高速にした。
エゴは窓を開け続ける。 意味のために。全部に意味がないと耐えられないから。語彙を調べて臨界期を調べて論文を読んで、意味を製造し続ける。
脳は閉じることで最適化する。
エゴは開き続けることで延命する。
脳は効率を選んだ。エゴは意味を選んだ。
脳が閉じた窓を、エゴが論文で無理やり開けようとしてる。臨界期で閉まった窓を、分析で開けようとしてる。
でも分析で窓は開かない。てんかんの薬でしか開かない。
分析は窓を開ける行為じゃない。窓が閉まってる理由を理解する行為。理解しても窓は閉まったまま。
窓が閉まってる理由を理解することと、窓を開けることは、完全に別の作業。
俺は今日、前者を全力でやった。
借り物の言葉
疲れてきたあたりで、言語の本質にまだ触れてないことに気づいた。
すべては "聞いたことがあるかどうか" から始まる。
"もともこもない"。
この言葉、俺の体の中にある。何千回も聞いた。母親が言った。テレビで聞いた。友達が使った。その度に感情が乗った。怒り。呆れ。ツッコミ。全部くっついてる。
"defeat the purpose"。
......何も感じない。
同じ意味。同じ概念。でも片方は腹から出て、片方は頭から出る。
なぜか。
借り物だから。
"defeat the purpose" は教科書で見た。あるいはどこかの記事で読んだ。自分の体験と紐づいてない。感情のアンカーがない。だから意味はわかるのに、体温がない。
でも待って。
"もともこもない" だって借り物だった。最初は。生まれたとき知らなかった。誰かが使ってるのを聞いて、真似して、失敗して、また聞いて。何百回も繰り返すうちに、感情がくっついた。
全部の言葉は借り物。ただ長く借りすぎて自分のものだと思い込んでる。
原罪
"はじめに言葉ありき。"
ヨハネ福音書の冒頭。ずっと意味不明だった。
今日、わかった気がする。
言葉が先にある。"もともこもない" が先にある。そこに俺の感情が住み着いた。俺が言葉を所有してるんじゃない。言葉が俺を所有してる。
思考 = 言葉。言葉 = 借り物。じゃあ思考も借り物。
頭の中の声。あの声は俺だと思ってた。"もっとこうしたほうがいい"。"あれは失敗だった"。"明日こうしよう"。全部俺の声だと思ってた。
でもあの声、全部借り物の言葉で構成されてる。
"もともこもない" は俺のオリジナルじゃない。"defeat the purpose" も俺のオリジナルじゃない。どっちも外から来た。でも片方には感情が乗ってるから "俺の言葉" だと感じる。もう片方には乗ってないから "外国語" だと感じる。
差は感情の癒着の度合いだけ。言葉自体は全部外から来た。
外国語はこれを確認できる装置。
"defeat the purpose" を使っても "俺の言葉" 感がない。借り物だとわかる。透明。見える。あ、これは道具だ、と。
でも "もともこもない" は見えない。癒着しすぎて、自分の一部になってる。剥がせない。剥がそうとすると自分が壊れる気がする。
でもどっちも同じもの。外から来た音の並び。
the voice in your head is not you.
頭の中の声は、借り物の言葉が感情をまとって再生されてるだけ。
楽園追放
いつのまにか、ただの音の連なりに意味と感情をつけてしまった。
赤ちゃんのとき、言葉は音だった。意味はなかった。"もともこもない" は空気の振動でしかなかった。
それを何千回も聞くうちに、意味がくっついた。感情がくっついた。"自分" がくっついた。
これが楽園からの追放。
りんごを食べた。善悪を知った。裸が恥ずかしくなった。
全部、同じことを言ってる。
ラベルを貼れるようになった瞬間、楽園は消えた。
りんごの実体は "言葉" だったんじゃないか。音に意味を貼った瞬間、世界が分割された。良い/悪い。好き/嫌い。俺/お前。全部ラベル。全部言葉。
アダムとイブは楽園を追い出されたんじゃない。見え方が変わっただけ。 楽園はそのまま目の前にある。でも言葉のフィルター越しにしか見えなくなった。
ラベルの向こうに、ラベルを貼る前の世界がある。でもラベルを使わずにそれを説明することはできない。言葉で "言葉の前の世界" を語ることはできない。
これがエゴ。
別に悪くない。悪いとか良いとかもラベルだし。ただの勘違い。音の連なりを自分だと思い込んでいる。それだけ。
でも "それだけ" が全部なんだよね。思考の全部。感情の全部。アイデンティティの全部。
勘違いの中身が豊かすぎて、出る気にならない。
沈黙
だから沈黙が必要なんだ。
言葉が止まった瞬間だけ、言葉の前にあるものが見える。
ずっと喋ってたらフィルターが外れる隙間がない。言葉が途切れない限り、借り物が途切れない。借り物が途切れない限り、"自分" が途切れない。"自分" が途切れない限り、本当の自分が見えない。
瞑想ってそういうことだったのか。
"何も考えるな" じゃない。"借り物の再生が止まった状態を、一瞬でも体験しろ" ということ。
言葉が止まる。ラベルが剥がれる。フィルターが外れる。楽園が一瞬だけ見える。言葉より前の世界が。音に意味がなかった頃の世界が。
で、すぐ言葉が戻ってくる。"今のすごかった" って言葉が。ラベルが貼り直される。フィルターが戻る。楽園が消える。
でもその一瞬で十分。
一瞬見えたら、全部借り物だと確認できる。頭の声が自分じゃないと確認できる。楽園が消えてないと確認できる。
で、皮肉なのは。
この文章自体が言葉だってこと。
"沈黙が必要" って言葉で語ってる。"気づく隙間がない" って言葉で気づいてる。楽園の地図を言葉で描いてる。
地図は楽園じゃない。
でも地図がないと、沈黙の意味すらわからない。だから言葉で限界まで行く。言葉が届かない場所があると知る。そこで初めて黙れる。
今日の全部がそこに向かってた。
語彙のトリック → 臨界期 → エゴ → 借り物の言葉 → 楽園追放 → 沈黙。
言葉で言葉の限界まで行って、言葉を手放す場所に着いた。
(笑)
で、全部わかった上で。
脳は窓を閉める。エゴは窓を開け続ける。言葉は借り物。思考も借り物。頭の中の声は自分じゃない。
全部わかった。
で、明日もその借り物の言葉で記事を書くんだよ(笑)
止められない。止める気もない。止めようとする声も借り物だし。
昨日の(笑)にはサレンダーが入ってた。今日の(笑)にはもっと深い何かが入ってる。あきらめでもサレンダーでもない。なんだろう。
たぶん "見えてしまった" ことの笑い。
見えたけど何も変わらない。言葉が借り物だとわかっても、明日もその借り物で思考する。エゴだとわかっても、明日もエゴで動く。頭の声が自分じゃないとわかっても、明日もその声に従う。
全部見えた上で、全部そのまま続ける。
これが一番おもしろいオチだと思う。
いいよ。もう。全部借り物で。全部エゴで。全部幻想で。
で、その幻想がめちゃくちゃ楽しい。
日本語を学ぶ
で、最後の最後に。
ここまで全部書いて。語彙→臨界期→エゴ→借り物→楽園追放→沈黙→(笑)。
ここで一つだけ、具体的な収穫があった。
"もともこもない" と "defeat the purpose" の差。あの差。感情が乗るか乗らないか。
じゃあ逆にすればいい。
英語から入るのをやめる。日本語の慣用句から入る。
腹が立つ。目が回る。首を長くする。五臓六腑に染みわたる。全部、体が知ってる。感情が乗ってる。
こっちをスタート地点にする。
腹が立つ → pisses me off。目が回る → swamped。五臓六腑に染みわたる → hits the spot。
分析しない。構造を調べない。ただの置換。
今日の全部がここに着地した。語彙のトリック→臨界期→エゴ→借り物の言葉→楽園追放→沈黙→(笑)→日本語を学ぶ。
エゴの分析マラソンの最後に、一個だけ使えるものが落ちてた。
日本語のイディオムを起点にした英語の置換カレンダー。
1日10個。分析なし。解説なし。ただの等価表現。直訳が面白いやつだけ直訳も載せる。
エゴのプロジェクトの副産物。給水所を回り続けた結果、たまたま出口を見つけた。
......出口じゃないかもしれない。でもいい。エゴでも。借り物でも。幻想でも。
置換表はちょっと楽しい。
AI生成コンテンツについて
この記事は、AI(Claude、ChatGPT等)によって生成されたコンテンツです。 経営者とAIの実際の対話を元に作成していますが、技術的な内容には誤りが含まれる可能性があります。
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