気分の落ちた日曜の、なんとなくの予約
日曜の夜だった。理由もなく気分が落ちていて、なんとなく予約しただけの英会話。相手は南アフリカの先生。
その日のテーマは、蚊の記事を読むこと。地味だ。なのに25分後、俺はカバの走力と、一つの国がどうやって内側から食われたかを知っていた。
アフリカで一番人を殺してる動物、知ってます? ライオンじゃない。蚊だ。病気を運ぶから。一番小さいやつが、一番殺してる。
この先生、220店の青空市場を仕切っていて、週7で働いている。奥さんは元ソーシャルワーカーで、ストリートチルドレンを見てきた人。つまりこの国の「底」を、上からの統計じゃなく、横で見てきた人間だ。
「水が3ヶ月出ない地域がある」
話は、日本の「当たり前」がいかに当たり前じゃないか、に流れた。
南アフリカには、3ヶ月も水が出ない地域がある。道路に穴があいても、直すのに半年から1年。
日本なら、蛇口をひねれば水が出る。道路に穴があけば、コーン100個と警備員3人が即日で湧く。先生はそれを、皮肉でも卑下でもなく、ただの事実として言った。当たり前って、当たり前じゃないんだな。
体感の「37%」と、統計の「32.7%」
その流れで、先生がぽろっと言った。
うちの失業率、37%くらいかな。
俺はあとで調べた。公式の失業率は、2026年第1四半期で32.7%。あれ、先生ちょっと盛った? ——違った。
若者(15〜24歳)だけを見ると、失業率は60.9%。二人に一人どころか、三人に二人が仕事を持っていない。そして職探しそのものを諦めた人まで含める「拡張失業率」は、40%を超える。
先生の言う「37%」は、統計の公式数字じゃなくて、街を歩く人間の体感だった。ニュースは32.7%と書く。でも、そこに住む人の肌感覚は37%。このズレこそ、現地の人から聞く意味だ。
マンデラの5年と、その後の転落
俺は昔『インビクタス』を観たくらいの知識で、こう聞いた。アパルトヘイトと闘って、30年近く投獄されて、大統領になった人——ネルソン・マンデラ。あの映画が南アフリカの全部だと思ってた。
先生は、やんわり釘を刺した。
インビクタスは理想化されすぎ、ドラマ化されすぎ。あれを正確な姿だと思わない方がいい。
マンデラの大統領在任は、1994年から1999年の、たった5年。その後は下り坂だった、と先生は言う。
そして決定的な一言。「ある一家に、国ごと乗っ取られた」。これは比喩じゃなかった。ズマ元大統領の時代、グプタという一族が閣僚人事や国営企業の契約にまで食い込み、巨額を国外へ流した。南アフリカではこれを「ステート・キャプチャー=国家の私物化」と呼ぶ。ズマは2018年に辞任へ追い込まれ、その後、自分の党をつくった。
そして2024年、ANCが初めて負けた
先生は「もう3年、国民統一政府でやってる」と言った。年数は少し盛っていた。正確には約2年。
2024年5月、与党ANCが史上初めて過半数を割った。30年間、絶対的だった政党が、得票40%まで落ちた。ラマポーザ大統領は、対立してきた政党まで巻き込んで連立——国民統一政府(GNU)を組むしかなかった。先生いわく、「一応は機能してる。でも、もう縫い目がほつれかけてる」。
外国人を追い出すと、店が消える
そして、今この国で起きている話。先生によれば、外国人に国を出るよう期限が切られている。アフリカの国々が自国民を呼び戻し始めている、と。
ここで、先生が一番面白いことを言った。
移民を追い出した瞬間、後悔するんだ。なぜなら、小さな店を上手く回してたのは、たいてい彼らだったから。
外国人が成功している。だから地元民が妬む。だから追い出す。追い出すと、買う店がなくなる。これは南アフリカだけの話じゃない。アメリカも、イギリスも、そして日本も、形を変えて同じことをやっている。
結論: 英語を習いに行って、国の解剖図を持って帰ってきた
蚊の記事を読むはずだった。気づいたら、一つの国の30年が、住んでいる人の声で、目の前に開かれていた。
ニュースは数字をくれる。でも「その数字を、住んでる人がどう感じているか」はくれない。32.7%と、37%。この3.7ポイントの差に、人間が住んでいる。
たぶん、合ってる。