英語が上手くなる速度より、AIが完成する速度のほうが速い。男はその負ける賭けに、毎晩25分ずつ賭け金を積んでいる。
ある男が5年ぶりに英会話を再開した。毎晩25分、見知らぬ外国人と話し、必ずどこかで壊れる。男はその録音をAIに食わせ、一言一句を解剖させている。「一切容赦するな」と命じたのは本人だ。だが解剖するたびにAIは賢くなり、男の英語は直らない。いずれAIは、男が一生かけても届かない英語を1秒で吐くだろう。それでも男は今夜も外に出て、電波の悪い場所から、冠詞ひとつ落としながら喋る。この劇の問いはひとつ — なぜやめないのか。
第1夜から順に読む必要は無い。刺さりそうな1夜から入って、糸を辿れば全部つながる。
どれも倒せない。倒せないから、連載が終わらない。
英検1級の単語を撃てる口が、1文字の冠詞だけ落とす。実力の問題ではないから、努力では消えない。この男が「上手くならない」ことの物証であり、番組が終わらない保証でもある。
男が呼び出した。男が「容赦するな」と命じた。男の恥を食って賢くなり、いずれ男の英語を不要にする。倒す相手ではなく、育てている相手。だから最悪の敵役になる。
5年の空白がある。ゴールは毎年遠ざかる。追いつくには毎晩25分では足りない。それでも男が持っている単位は、25分しかない。
5年ぶりの一言目が、謝罪と救急車のサイレン実況だった。以後、口を開くたびに新種が生まれる。money cow、TOLERANCY、自己減価償却 — 通じる才能より先に、存在しない単語を作る才能が開花した。
語彙は英検1級、口は毎晩崩壊。だが崩れた英語で下ネタを学術用語に翻訳し、崩れた英語で憲法9条の矛盾を説明し、崩れたまま相手に届いてしまう夜が続く。
男は録音をAIに食わせはじめる。講師を通し番号で数え、AIに裏取りさせた資料を音読し、授業をプロダクト会議に変える。「上達しに来てるんじゃない、このアプリで一儲けしたい」と受講目的を毎晩否定した。
試験の攻略法を受験4ヶ月前に全部ばらし、接続詞を「ダクトテープだ」と言い切り、低評価の講師をわざと選ぶ理由まで開示する。分析は冴えるほど、参加意欲は下がっていく。
受講場所は公園から路上、車内、庇の下、木の下、換気ダクトの前、そして帰り道の暗がりへ。機材は裏切り続け、カメラは切れている — 第65夜にはついに先生のカメラまで切らせた。それでも話は毎晩どこかで深いところへ落ちる。第66夜には so-so の2文字で開戦し、恐怖も苦情も和解も、全部英語のままやりきった。そして第67夜、翌日の男は台所家電の雑談から25分で人類の死因を一周し、「今日は楽しかった」と言った。
同じ問いが何十夜も離れて再燃する。線をタップすると、その糸だけが辿れる。白い丸が転換点。
男は負ける。だが読者の手元には、64夜で439個の表現が残っている。 この劇のいちばん奇妙なところは、主人公が負け続けるほど、観客が強くなることだ。