英語魂EIGODAMASHII
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64夜 / 5幕
連載の背骨

解剖される男

英語が上手くなる速度より、AIが完成する速度のほうが速い。男はその負ける賭けに、毎晩25分ずつ賭け金を積んでいる。

ある男が5年ぶりに英会話を再開した。毎晩25分、見知らぬ外国人と話し、必ずどこかで壊れる。男はその録音をAIに食わせ、一言一句を解剖させている。「一切容赦するな」と命じたのは本人だ。だが解剖するたびにAIは賢くなり、男の英語は直らない。いずれAIは、男が一生かけても届かない英語を1秒で吐くだろう。それでも男は今夜も外に出て、電波の悪い場所から、冠詞ひとつ落としながら喋る。この劇の問いはひとつ — なぜやめないのか。

負けは確定している。問題は、負けが確定した勝負を、人はどこまで面白がれるかだ。

どこから読んでもいい

第1夜から順に読む必要は無い。刺さりそうな1夜から入って、糸を辿れば全部つながる。

敵役は3体

どれも倒せない。倒せないから、連載が終わらない。

冠詞の a雑魚敵。だが64夜で一度も駆除できていない
通算 3勝 37敗(現在も連続欠勤中)

英検1級の単語を撃てる口が、1文字の冠詞だけ落とす。実力の問題ではないから、努力では消えない。この男が「上手くならない」ことの物証であり、番組が終わらない保証でもある。

AI(検死官)真の敵役。同時に、この番組の制作者
毎晩、男の全発言を解剖。精度は上がり続けている

男が呼び出した。男が「容赦するな」と命じた。男の恥を食って賢くなり、いずれ男の英語を不要にする。倒す相手ではなく、育てている相手。だから最悪の敵役になる。

時間姿を見せない敵
34歳。10年前のTOEICは900点。以後、伸びていない

5年の空白がある。ゴールは毎年遠ざかる。追いつくには毎晩25分では足りない。それでも男が持っている単位は、25分しかない。

5幕 — 64夜の劇

1男、再び口を開く113

5年ぶりの一言目が、謝罪と救急車のサイレン実況だった。以後、口を開くたびに新種が生まれる。money cow、TOLERANCY、自己減価償却 — 通じる才能より先に、存在しない単語を作る才能が開花した。

賭かっているもの — まず、続くかどうか。5年やめた男が、また5年やめない保証はどこにも無い。
転換点 — 第13
動機を初めて言語化する。上達ではなかった。
English is like music to me. I'm not here to improve my English.
「上達しに来てない」と宣言した男は、では何をしに来ているのか。本人もまだ知らない。
2壊れたままで、届いてしまう1422

語彙は英検1級、口は毎晩崩壊。だが崩れた英語で下ネタを学術用語に翻訳し、崩れた英語で憲法9条の矛盾を説明し、崩れたまま相手に届いてしまう夜が続く。

賭かっているもの — 崩れていても通じるなら、直す理由はどこにあるのか。
転換点 — 第22
番組の存在理由を、本人が壊れた英語で証明した。
This broken English actually works.
だが「効く」と「これでいい」は違う。男はまだ、その差に気づいていない。
3検死台を、自分で用意する2339

男は録音をAIに食わせはじめる。講師を通し番号で数え、AIに裏取りさせた資料を音読し、授業をプロダクト会議に変える。「上達しに来てるんじゃない、このアプリで一儲けしたい」と受講目的を毎晩否定した。

賭かっているもの — 自分の恥を素材にすること。それは商品になるのか、ただの自傷か。
転換点 — 第39
AIが全部やった記事を前に、人間と話す理由を口にする。
AI wrote the article, AI read it, AI answered it. That's exactly why I want real communication.
男はまだ、そのAIが自分を解剖していることの意味を、正面から見ていない。
4三人目の存在に、気づく4056

試験の攻略法を受験4ヶ月前に全部ばらし、接続詞を「ダクトテープだ」と言い切り、低評価の講師をわざと選ぶ理由まで開示する。分析は冴えるほど、参加意欲は下がっていく。

賭かっているもの — この毎晩の25分は、誰のために行われているのか。
転換点 — 第56
この授業の参加者が2人ではないことを、男が宣言した。
There's three person in this class: me, you, and AI. I have to counterattack him beforehand.
検死台の上から、検死官を殴った。全64夜で最も奇妙で、最も正確な自己認識。
5受信機5767

受講場所は公園から路上、車内、庇の下、木の下、換気ダクトの前、そして帰り道の暗がりへ。機材は裏切り続け、カメラは切れている — 第65夜にはついに先生のカメラまで切らせた。それでも話は毎晩どこかで深いところへ落ちる。第66夜には so-so の2文字で開戦し、恐怖も苦情も和解も、全部英語のままやりきった。そして第67夜、翌日の男は台所家電の雑談から25分で人類の死因を一周し、「今日は楽しかった」と言った。

賭かっているもの — 負ける賭けだと分かった男は、それでも次を予約するのか。
転換点 — 第64
脳は意識を作らない、受信しているだけだ — 55夜前の問いに答えが出た。
Brain does not create consciousness. It's just a radio center.
男は22分かけて神の支配権まで登り、最後の30秒で相手の宗教を尋ねた。順番は今夜も逆だった。そして明日も予約している。

縦糸 — 夜をまたぐ7

同じ問いが何十夜も離れて再燃する。線をタップすると、その糸だけが辿れる。白い丸が転換点。

116324864意識とは何かなぜAIではなく、人間と話すのか壊れた英語を、どう扱うか自分を実験台にする受講場所の開拓冠詞 a との戦い新語爆誕(捏造語の図鑑)
※ 線をタップすると、その糸の全ビートが出る。
読者が持って帰るもの

男は負ける。だが読者の手元には、64夜で439個の表現が残っている。 この劇のいちばん奇妙なところは、主人公が負け続けるほど、観客が強くなることだ。